*金色誓約歌*


君がいない時間は 気が遠くなるほど長くて   つめたかった。



「東の森の戦況はどうなってる?」
「相当苦戦してるらしい…戦死者も日に日に増えて…」
「連絡すらまともにとれないとか」
「若いのもたくさんいたって話だろ。気の毒な話だ…」

戦の話や自衛軍の人たちで溢れる表通りを、逃げるように通り過ぎた。
「彼」がいなくなってから数ヶ月、毎日耳にするのは、信じたくない話ばかり。


「ただいま、レ…―――」
飛び込むように勢いよく扉を開け、言い慣れた言葉をぴたりと止める。

言っては駄目。 最後まで言ったら、また泣いてしまうから。

「…本当、全然慣れないね」
もう、何度言ったか、何度望んだかわからない。
苦笑して、手にしていた花篭を棚に置く。


君がいない世界は こんなにも静かで   こんなにも苦しい


―――戦死者も日に日に増えて…

脳裏に響くのは、そんな言葉ばかり。
「彼」の声を思い出そうとしても、すぐにかすんで、埋め尽くされる。

たとえ遠く離れていても 君がいれば 君との約束があれば 頑張れる。
君がいれば  君がいてくれれば

だけど


君がいなくなったら…?


「ッ…―――!!!」
そこから先を想像するのを制するように、腹部に鈍い痛みがはしった。
激しい吐き気に、思わずその場に座り込む。
片手で口元を、片手で腹部をおさえて、荒い呼吸を整える。


「お姉ちゃんっ こないだもらったお花、ままがとっても喜んで…―――」
ふと扉が勢いよく開き、幼い声が部屋に響いた。
振り返ったと同時に、小さな訪問者と目が合う。
「お姉…ちゃん?」
紺青の大きな目を見開いて、驚いたような表情を浮かべて、私を見ていた。

何か、言わなくちゃ…

「っ…」

大丈夫、と言葉を紡ごうとした瞬間、再度吐き気が襲う。
思わず息を止め、うずくまる。
「お姉ちゃん!!大丈夫っ?」
私が言うべきはずだった言葉に疑問詞付けで返し、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
聴色(ゆるしいろ)の髪を撫で、出来る限りいつも通りに返そうと口を開く。
「…ごめんね、大丈夫だよ。 …大丈夫」

それだけ言うのが精一杯。
情けないけど、目尻には涙が浮かんでいるし、呼吸も荒いまま。
子どもにだってわかるくらい、無理をした声だった。
案の定、その子は心配そうに顔を覗き込み、泣きそうな声をあげた。
「お姉ちゃん…痛いのっ? 苦しいの…?
 …お兄ちゃんが…いないから?」
こんな小さな子にまでばればれだなんて、私はどれだけわかりやすい人間なのだろう。
苦笑して、その子を軽く、抱きしめた。
その子を安心させるように。 自分を安心させるために。

「彼」が、してくれていたように。

「大丈夫だよ…お姉ちゃんは、約束したから。 …お兄ちゃんと、約束したから」
まだ痛みの残る腹部を空いた手で押さえ、少しだけ、撫でる。
かすかに伝わるぬくもりを感じて、微笑む。
大丈夫
もう一度つぶやいて、目を閉じた。


必ず帰ってくるから
また隣で 一緒に笑えるように
だから   待っていて


「待ってる」
消えそうな声で、つぶやいた。



君のいない時間は 気が遠くなるほど長くて 静かで つめたいけれど…



君のくれたヒカリは   あたたかかった。